ヒカリをカタチにする

人が何かを創造するとき、それは、広い意味でヒカリをカタチにすると言えると思います。人には、創造する力があります。創造は、ヒカリであって、大切なことは、どのようなヒカリをカタチにするかということです。今の時流として、カタチにする前提にあるのは、自分や誰かの都合という、内向きともいえるような狭域であることがとても多いと思います。その思いで想像されたカタチは、その制作者のエネルギ―が、カタチとしてのエネルギーに大きく含まれた状態となってカタチになります。

ヒカリと思える、感じられることは、驚くほど多様に存在します。人の価値観とも言い換えることができます。歓びの中にいれば、歓びがヒカリになります。苦しみや憎しみにいれば、愛がヒカリになると同時に、エネルギーの同調という意味合いで言えば、自分と同じ苦しみや悲しみを持つエネルギーに安堵というヒカリを感じるかもしれません。何をヒカリと選択するかは、その人次第ということになります。ヒカリという言葉は、人の前にカタチとして現れたとき、選択可能な引力、指針となることができます。

HIDEKIの世界でカタチにする、愛のヒカリ。愛のカタチ。作品全てには、ヒカリはありますが、このヒカリは、人によって、見えたり見えなかったりします。人は、何かを見るとき、その人のエネルギーの状態で見るものを自動的に選択していきます。見たいものを見て、見たくないものは見ません。目の前にあっても、理解、受け入れ方は様々にあり、見えたとしても受け入れないこともあります。見る人が、受け入れるエネルギー状態にあるとき、そのカタチの意味が理解に及びはじめます。目の前にあるカタチのエネルギーの強さや精妙さ、役割の種類によって、見る側のエネルギーの強さや精妙さ、役割の種類によって、ハートに共振するエネルギー量は、変化します。愛であっても、人によっては、愛として映らない事、逆に位置する事として映りもします。愛の感覚は、人それぞれに解釈されます。

わたしが、「ヒカリをカタチにする」という、言葉を使い始めたのは、10数年ぶりに描き始めた、パステルアートの制作がきっかけでした。パステルには、パステルに可能な、得意なエネルギーの表現域があります。人にとって、やさしさを伴うカタチを創造する時に協力してもらいやすい画材です。表現がどうであれ、人の感性に寄り添いやすいエネルギーを保持しています。

墨やアクリルで描いた原画作品は、エネルギーの表現域が精妙、多層であり、受け入れてくれる人がかなり少なくなってしまう傾向があります。もっと多くの方にHIDEKIの世界のヒカリを感じてほしいという思いから、工夫したものがHYMジクレーです。この作品は、原画のエネルギーを継承しながらも、伝わりやすさにフォーカスした作品でもあるのです。ただ、原画の持つエネルギーは、かなり軽減された状態になります。これを補うために、調整アートを描くバージョンも作成しました。

この経緯があって、パステルアートである、「ヒカリをカタチにする」シリーズの作成に至りました。原画でありながら、ヒカリの強さは、寄り添えるヒカリにカタチを変え、現されています。HIDEKIの共振できる愛のヒカリの世界のエネルギーの一部を様々にやさしく、寄り添えるようにカタチにした「ヒカリをカタチにする」シリーズ。

それぞれの作品カテゴリーは、今でこそ理由付けができるものですが、当初から意図があったわけではありません。「必要な時に必要なことをする」、わたしとしての最大限のエネルギー域で意志してカタチとなった作品であり、自身の制作ポリシーと言えるもので、わたしの存在としての重要な意味付けとなっています。わたしという個性を大切にし、全体との調和を取りながら、現在、過去、未来、とつながり、愛のエネルギーを表現する。HIDEKIの世界では、すべての本質は、愛と理解しています。存在への愛の表現者としてヒカリをカタチにしています。

多くの方に愛のヒカリが届き、輝き続けることを願っております。

 

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芸術作品として

エネルギーの変換・調整。

ヒカリのカタチ化。

神的なエネルギー存在の依り代。

見えないヒカリの存在との共同作業(メッセージ、場の調整)

多層的なエネルギー域への役割の意志表示。