二元性の中で

二元性の中で

 

わたしたちの通常の感覚からすると、

人の世界での通常として、

二元的なものの見方を常に行ってきた。

 

光と影、善と悪。

 

モノの見方は、人の意識の位置でいかようにも変化する。

ある時は、善であるときは悪。

 

光は、闇があって初めてその素晴らしさを知る。

 

二元的な比較をもって、片方の利点、

素晴らしさを知ることを常とする。

 

本来、モノとコトに善悪はなく、存在するだけ。

そこに直面した人が、その価値を決める。

 

 

人でなく、ヒカリの存在は、

どのような見方をするのでしょう?

 

 

そもそも人のように見て感じるという感覚はない。

 

見て判断する、という認識の仕方は、

人が行う、感覚器官と経験でのラベル付け。

 

人としての機能を使った、

この次元での通常の認識方法。

 

 

ヒカリの存在は、エネルギーの存在。

 

何かにラベル付けすることはなく、

すべてはエネルギーの動きの中で存在する。

 

意志の力による集合エネルギーの違いが、

様々な個性を生み、その違いを認識する。

 

光と闇という認識は、その世界では存在せず、

エネルギーのダンスの仕方が、さまざまに違うだけ。

 

人の機能を使うと二元的な比較で識別してしまうが、

その識別の仕方の工夫如何では、

ヒカリの存在と同じ認識の仕方に近づくことはできる。

 

今、人の世界である次元の変化の力に後押しをされ、

わたしたちに浸透していく。

 

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