神性

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共に在る

ヒカリの肖像画は、対象となる方の本質のヒカリの姿の一面として描かせていただいているものです。ヒカリの肖像画は、人の本質、ヒカリに焦点を当て、描き現していくものですが、この作品「共に在る」は、今、必要とする絵を描こうと思い描きはじめ、いつの間にか、何となく人のように見え始め、そこから人のカタチを意識し、描き進め、完成させた作品です。
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白の女神

『白の女神』女神。女性性の白のエネルギー。天の使い。純粋な光のエネルギー。白は高貴であり、穢れを知らない何者にも染まることなく、ただ、わたしに愛を注ぐ存在の耀き、白のエネルギー存在の歓び全ての存在に輝く、白のエネルギーわたしは、ここにいる
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不動なる意志

神性にグループ分けしているアクリル絵画では、神様のような印象を受けるひとがたを思わせる作品がありますが、菩薩様、女神様の印象を受ける作品が主でした。今回の作品から受ける印象は、お不動様のようなお姿。強い意志をもたらし、勇気づけてくれるてくれるような印象を受けます。両サイドに龍が舞い、その存在を助けます。
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ヒカリの肖像画

わたしたちは、多面的な特徴を持つ、個性を持った光です。様々な光を持ちながら、この生で輝かせようとするヒカリがあります。魂の意志の光と言ってもいいかもしれません。そのヒカリの一面が、ヒカリの肖像画です。
神性

MARIA

「マリア様の絵を描こう!」と思い、マリア様のエネルギーに意識を向かわせます。段々とカタチになってくる間に一つの想いが。。。それは、マリア様という、エネルギーに時代が負わせてきた重荷みたいなものでした。聖母としてのイメージは、過去から多くの方々が様々に持っています。愛と慈愛の象徴としてのイメージが一般的です。マリア様というエネルギーに近づいていこうという方もいらっしゃいますが、そのエネルギーにすがることで心の支えとされる方もいらっしゃいます。
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石塔山荒覇吐神社

この記事を書くにあたって、埋没神という言葉を少し調べてみると、その昔、日本各地に土着の神々がいらっしゃったのですが、国譲りを機に新たな神々を据えることにより、それまでの神々は表舞台から消されてしまったという内容がありました。石塔山荒覇吐神社の神様もそのような存在なのでしょうか?
神性

『遍く広がる愛』

「人生の終盤にあれをやっておけばよかった」と思いたくない。このことを友人たちと話をした記憶があります。「年をたくさん重ねたときに、いままでの人生を反省することになることはなりたくないよな」「人生の終盤に自分の人生は何だったんだ?って。こんな気持ちにとらわれると悲しすぎる」など、話していた時期があります。
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橿原神宮 ~神々の光~

橿原神宮へは、かなり前に一度参拝に伺った記憶はありますが、よく覚えておらず、どのような場所だったか語るには至りません。橿原神宮のホームページを拝見すると、「日本のはじまり」という文字が飛び込んできます。恥ずかしながら、橿原神宮が、初代天皇である神武天皇即位の地だとは、存じませんでした。ですから、この橿原神宮のことについて語らず、絵の事だけにいたします。
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石上神宮~神々の光~

石上神宮は、伊勢神宮と並ぶ、最古の神宮。とても落ち着く場所の一つで、何度かご参拝に伺わせていただいております。パワースポットとしてもよく知られている場所で、ニワトリさんがお出迎えしてくれます。一度は訪れてみたい、パワースポット石上神宮です。
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タマシイの上昇

光り輝きながら、上昇する。その姿は、龍神様にも、神様にも映るかもしれません。ここ最近の話ですが、わたしの周りでは、「存在することへの執着」を感じることが多々あります。寿命が長くなり、どう生きていくかに気持ちが向かうのは自然なことです。できることなら、死ぬまで健康でありたい。誰もがこう願うかもしれません。
神性

創世の女神

日本で観音菩薩様と言われる神様と言われるような、神聖なヒトガタとなって、アクリル絵画として描き、現れたのが、心の平安なのですが、「創世の女神」は、そのエネルギーもありながらも、どこか少し別の感覚を持ちながら描いたのを記憶しています。ヒーリングアートですね。
神性

立春大吉

ヒーリングアート「立春大吉」は、厄除けで描いたわけではありません。最終的にタイトルが、「立春大吉」となったのであって、最初は、別のタイトルでした。今では、もう覚えていないのですが、どこか違和感があってこの「立春大吉」となりました。立春大吉の意味は、よく知らずつけたのですが、言葉からくる感覚が絵のタイトルとしてマッチしました。
神性

慈愛

慈愛と題された、HIDEKIのヒーリングアート・スピリチュアルアート。母の愛は、愛情として表現されることが多くあります。子を慈しむ、愛。それは、子供にとってとても心地よいもの。安らぎを感じるエネルギー。子どもであっても、大人であっても慈しみの愛が十分に必要な時があります。若き心には、慈しみの愛が必要です。
神性

心の聖地

わたしの心は、今ここにあり、その心はどこからきて、いつから存在する? わたしがわたしであると、認識したときに、人としてのわたしが存在する。意識がそのまま、わたしとなる。そして、身体があることを知る。 色即是空。空即是色。カタチある物は、やがてヒカリに帰る。因と縁がこの世にカタチを繋ぎとめる。肉体は、色で。心が空。空とは、何もないということではなく、心であり、意識と言える。心には、カタチがなく、捉えることはできない。
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心の平安

心の平安と題された、HIDEKIのヒーリングアート・スピリチュアルアート。心の平安は、自らの内に。平安を得たいと思う気持ち、こころに波風が立つとき湧き上がる思い。人の世界で経験を重ね、歳を重ねていくと心に様々な癖や澱みができることがある。それが、不安や恐怖、憤りさえ引き起こす。そして、心に平安を得たくなる。
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