72・タマシイのサイクル 03

マヤ暦には、さまざまな暦のタイプがあり、必要に応じて使い分けていたようです。学術的には、詳細な天体観測の成果といわれますが、それだけでは、計り知れない偉大な智を観じさせるものです。

個人的には、マヤ暦を自身のサイクルにおいての確認として活用させていただいています。一説には、占いとして使用をされる方もいらっしゃるようで、その使用法にはならないように呼びかけられているようです。つまり、それほどにサイクルとしての暦として、優れたものであるということでもあるでしょう。マヤ暦では、2012年12月に突如、暦が終了してしまいます。(一つの説です。)

暦はあくまで予定表であり、構成要素の状態により変化する可能性は常にあります。この先こうなるだろうという予定は、わたしたちでもある程度、予測値として導き出すことが出来ます。ただ、世界となると要素があまりに多くあるがため、そして、個々の変化値の幅も大きく、総数としての予測値は、なかなか導き出すことが難しいと思います。まして科学の分野でも地球の未知なる部分は非常に多くありますし、太陽系における地球、天の川銀河における太陽系の地球となると未知の素要素が大多数を占めてきます。

人間の知る自然のサイクルは、宇宙で考えれば、未知なることがとても多いのではないでしょうか。マヤの暦には、人間の感覚での非常に長い期間といえるサイクルもあります。宇宙規模の話になると目に見えるところの人間感覚では、非常に規模が大きくなりすぎてしまって、現実的ではないと思ってしまいます。しかし、そこにも人間の一生というサイクルに微妙に、また大きくかもしれませんが、影響を与え続ける宇宙のサイクルという流れはありそうなのです。宇宙のサイクルで考えるならば、同時に人間としては、規模を大きくして、タマシイレベルのサイクルを考えたほうがいいのかもしれません。タマシイにサイクルがあるとすればの話ですが。

わたしたちが生きていると考えるこの世界では、特定の期間しか生を楽しめません。タマシイとしての永遠の存在を考えたとき、ある時代のある場所へ、人間としてのカタチで特定の期間を生きることを選択し、生きているのかもしれません。その時空間でしか味わうことしか出来ないことがあるのかもしれません。意識のある特定次元からは、それ以外の次元は、想像でしか理解できません。さまざまな違いが発生します。ひとつ次元が変われば当然、見える、感じる世界も変わると考えられます。

宇宙というわたしたちの理解は、他の次元では、全く違っている可能性があります。表現さえも変わってしまうかもしれません。表す言葉がないかもしれません。言葉があるかさえ疑問です。文化が違えば、考え方も変わるように、次元が変われば大きな変化が予測されます。三次元の地球の、ある地域の、ある文化の考え方は、他の地域では、受け入れがたいものさえあります。

 

 

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